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奪われた民主主義を自らの手で取り戻す日本人!

 2012-06-23
COMMENTARY/ Ryuichi Sakamoto: Japanese will have to continue raising voices against nuclear energy
論評/坂本龍一:日本人は、原子力エネルギーに対して声を上げ続ける


June 15, 2012


SPECIAL TO THE ASAHI SHIMBUN


AJ201206150074M.jpg

I have always felt discomfort about the way decisions are made in Japan based on "the mood" rather than "logic," and without proper discussions regarding principles.
わたしはいつも、「論理」より「雰囲気」に基づいて、原則について適当な議論もされずに決断される日本のやり方に不快を感じてきました。


Prime Minister Yoshihiko Noda in some sense personifies that discomfort.
野田主相は、ある意味その不快を擬人化しています。


When Naoto Kan was prime minister, a mood developed that no progress was being made in rebuilding after the natural disasters struck in March last year. Based solely on the internal procedures of the Democratic Party of Japan, Noda was chosen prime minister.
菅直人氏が主相だったとき、去年の3月の自然災害に襲われた後で、再建に進展がなかったという雰囲気が作り上げられました。


Although the Kan administration had called for moving away from a dependence on nuclear energy following the accident at the Fukushima No. 1 nuclear power plant, that stance was allowed to wither away without any serious debate.
菅陣営が、福島第一原発の事故の後で、原子力エネルギーの依存を抜け出すことを求めていたにも関わらず、そのスタンスは、真剣な議論もされないまま衰え去られてしまいました。


In a news conference to explain his intention to resume operations at the Oi nuclear power plant, Noda said, "As the individual responsible for national politics, I cannot abandon the responsibility to protect the daily lives of the people."
大飯原発再稼動の意図を説明するための記者会見の中で、野田氏は、「国政を預かるものとして、人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできません。」と述べました。


Noda repeatedly referred to protecting the lifestyles of the people. But I wonder who he was referring to when he said “the people.” I took it to mean that he wanted to protect the people who were living in "the nuclear energy village."
野田氏は繰り返し、人々のライフスタイルを守ると言及しました。しかし、彼が「人々」というとき、誰を意味しているのでしょう?わたしは、彼が「原子力ムラ」に住む人々を守りたい、と意味していると解釈しました。

全く同感です。それ以外には解釈の仕様がありませんから。。。


The argument that the Kansai region would face a 15-percent electricity shortage unless the Oi plant resumed operations is a form of intimidation because the public has no way of verifying if that is true. Such intimidation is effective because electric power companies have a regional monopoly in which principles of competition do not apply.
関西地区が、大飯原発を再稼動させなければ15%の電力不足に直面することになるという議論は、脅しでしかありません。なぜなら一般市民がそれが真実だと確かめる術が全くないわけですから。そのような脅しは、地域の電力会社に競争相手がいないという独占状態の原則にあるので、有効なのです。


Public opinion polls show many people still hold doubts about nuclear energy. If decisions to resume operations at nuclear plants are made in such a manner, we cannot say that democracy in Japan has matured.
世論はまだ原子力エネルギーに疑いを持っていることを示しています。あのようなやり方で原子力発電所の再稼動の決定がなされるのであれば、わたしたちは、日本の民主主義が熟しているとはいえません。


At the same time, I also felt hope because people began acting and speaking out as individuals after the nuclear accident.
同時に、わたしは希望も感じています。原子力事故の後で、個人として人々が行動を起こし、声を上げだしたからです。


Feeling they can no longer trust those in government or the mass media, people have begun using dosimeters to measure radiation levels and creating databases by entering such information on maps. Young people have become connected through the Internet and have organized a new style of demonstrations.
政府もマスメディアももう信頼できないと感じ、人々は放射線レベルを測る測定器を使い出し、その情報を地図に起こしたデータベースをつくり始めたのです。若者たちはインターネットで繋がり、新しいスタイルのデモを起こしました。


0622-02.jpg


This may be an unprecedented expression of individual initiative in Japan.
これは、日本では前例のない、個人的イニシアチブの表現かも知れません。


With that as background, if operations at the Oi plant are resumed, I am concerned that a sense of despair will spread among people who will give up hope of ever having their opinions heard or who will not want to become committed to politics or society because nothing will change.
それを背景に、大飯原発が再稼動すれば、絶望感が人々に広がり、自分たちの意見が届くという希望を諦め、何も変わらないのだからと、政治や社会に関わりたくなくなるのではないかという懸念があります。

そんなことにはなりませんでしたね!日本人は、もっともっと強かったですね!


It would be simply unbearable if individuals who took a stand for the first time were to become despondent, leading to the return of a society in which no one said anything.
もし、各個人が初めて立ち上がったのに、結局は意気消沈し、誰も何も言わない社会へ戻ってしまうことになったら、それはただ耐えられないものです。


Such feelings led me to organize a musical event to be held in early July titled "No Nukes 2012."
そのような気持が、わたしを「脱原発2012」と題した7月上旬に開かれる音楽イベントを開くことに駆り立てました。


While a demonstration or meeting would have been viable alternatives, I felt the most sincere form of transmitting a message about moving away from dependence on nuclear energy would be through music that is my profession.
デモや会合が実行可能な選択肢である一方で、原子力エネルギーから脱するというメッセージを最も誠実な形に変えられるのは、わたしの専門職である音楽を通してだと感じたのです。


I have not yet given up. I will continue to raise my voice by staking my very existence on it.
わたしはまだ諦めていません。わたしは自分の存在に賭けて声を上げ続けます。

皆同じ気持です


In the West, it is only natural for individuals, be they famous or not, to state their opinions on social issues.
西(欧米)では、各個人にとって、有名だろうがなかろうが、社会問題についての自分の意見を述べるのはごく自然なことです。


Even in Japan, between the late 1960s and 1970s, rock musicians made political statements. However, for some reason, there was a change and musicians were criticized as hypocritical for even taking part in charity events. That led to a very difficult period when musicians were only expected to make music and not become involved in politics.
日本でさえ、1960年代と70年代には、ロックミュージシャンが政治的発言をしていました。しかしながらなぜか、変化があり、ミュージシャンはチャリティーイベントに参加してさえも偽善的だと批判されました。そんな考えが、ミュージシャンが音楽を作り、政治にかかわるものではないという、本当につらい時期を導いたのです。

そんなことは、わたしは感じていませんでしたけど???そうだったんですか。。。


But after 3/11, that mood also has changed.
しかし3月11日以降、そんな雰囲気も変わりました。


We should welcome that natural development of having musicians, performers as well as others of various standing provide support to the disaster-stricken areas in their own way.
ミュージシャン、芸人、そして他の様々な身分の人々が、それぞれの形で被災地を支援する自然の動きを歓迎するべきなのです。


I believe the only way to change society in the end will be to continue to raise our voices without giving up or becoming disappointed, but with perseverance.
わたしは、最後に社会を変えるたった一つの方法が、諦めずに、失望せずに、根気強く声を上げ続けることだと信じています。


(This article was compiled from an interview by Junko Takahashi.)





村上春樹氏の演説もそうでしたが、

一つ一つの言葉に共感、共鳴します。

そして、今日本人は明らかに、

坂本龍一氏が示している道を前進しています。


「諦めずに、失望せずに、根気強く」


これは、まさに日本人気質を表す言葉です。


昔も今も、


日本人は、その強さを持って、困難の乗り越えてきましたよね。



4号機の脅威。

低被曝の危険。

立ちはだかる困難と、欲望という大きな勢力を

簡単に打開することはできないでしょうが、



絶え間ない一歩一歩が、

やがて少しずつ日本を、

世界を変えていけるのだと、

そう、信じています。


そして


日本人には、それを示す責任と、力があるのだと、

そう感じています。



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Blue Dolphine

Author:Blue Dolphine
ボア君 21歳
(いのしし年生まれ)
ラビ君 18歳
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と連れ合いに、そして周りの全ての人たちから日々幸せをもらっている母です。

バンクーバー近郊に被曝からの避難を考えている方、できる範囲でお手伝いします。遠慮なくご連絡ください。




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