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心の記憶

04 /07 2019
去年の父の日に父を失い、その後、母はアルツハイマーと診断された。

このごろは良く聞く話だし、この年齢になれば身近にも同じような境遇の人は少なくない。特別なことでもなんでもない。

だから、普通に、誰もが経験してることなのだから、と衝撃を打ち消そうとしていた。誰もが通る道なのだから。

だけど、うまくいかない。 自分がどんどんいやになっていく。

そんな時、同僚が読んでみたら、ともってきてくれた”Feeding My Mother”という本に救われた。カナダのシンガーソングライター著。

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今朝、ある友人に自分が孤児になったような気持がするということについて話した。自分が望む両親が、もうその役目を果たすことができないから。わたしは石が一杯詰まった巨大な袋のような過去を引っ張りだそうとし続けている。かつての両親でいてほしい、彼らが必要だから。その大きな袋を引っ張り出すことはできないのに、その試みを止めることができない。

なるがままに任せるしかない。そんなことは分かってる。両親がこれからなるがままに任せるしかない。彼ら自身の運命に進むことが少しでも楽になるようにしてあげなければならない。彼らにこれから起こることを変えることはできないのだから。

変化とは地獄の沙汰のよう。だから自分に優しくなる感覚を身につけて、かつての振る舞いを何度も何度も繰り返さないようにしないと。これは自分の人生で、いろいろな意味で一番タフなことだけれど、大声で泣き散らすことがかなりうまくなっている。本気で怒って、月に向かって遠吠えすることも。


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母はすごく母らしいときがあるが、瞬きをした瞬間にいなくなってしまう。何年も知っていた母がこの建物から去っていく。そんな時、わたしは自分が物凄い怒りと苦い思いを味わっていることに気づく。他にどう表現して良いのか分からない。わたしは怒っている。まるで誰かがわたしの心の中に押し入って、一番大事なものを持ち去っていく感じ。わたしの母を。

わたしは自活するために自分を置いていってしまう母に腹を立てているのか, 自分のばかさ加減に腹を立てているのか分からない。辛抱強く、理解のある人間になるのに苦労している。母を常に正してしまう記憶ポリスになってしまう衝動と毎日戦っている。わたしは、もう絶望的に, 今母が生きている生活を心から受け入れて、自分がいる場所に母がいるものだと期待しないようにしたい。そこに戻ることはもはや不可能なのだから。常にということは間違いなく。


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わたしは母に自分のことを忘れてしまうとおもうか、と聞いたことがある。 母は言った。
「そうね。。わたしの脳は忘れてしまうかもしれない。でもわたしの心は忘れないわよ。」


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去年、父と一緒に散歩しながら見た桜が満開で、母は、ちゃんとそのことを覚えている。そんな普通の記憶がこんなにも尊いものなのかと、母の記憶の断片に触れるたびに胸がキュンとする。


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Blue Dolphine

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