神聖なる経済へのシフト

 2015-09-05



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『私たちは皆贈り物を授かった。命という贈り物を。その命をどうするのかは、授かった物に対するお返しである。』



何かを理解したいと思うときはいつも・・・

こんなことやそんなことがなぜ起こったのか、とか

なぜ生物の多様性が危機にあるのか、とか

なぜさらに石油を掘っているのか、とか

いつ、それが大気を汚染しているのだろう、とか

何がオイル漏出の原因なのか、なぜ?

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なぜなのかとあなたは問います。


そしてなぜなのかということを2段階くらい辿っていくと、いつもお金にたどり着くのです。

私はよくすべての文化の中にある、自分自身の話をします。

それが、疑問に対する答えなのです。

あなたは何ですか?

人間であるということはどういうことですか?


そしてこんな声が聞こえます。

あなたは他のものとは違う存在。

他のそれぞれの存在の中で。

天地万有において、あなたは固有の存在。

あなたは私ではなく、その植物は私ではない。

それは何か別のもの。

そして、自分自身ということが実に私たちの世界を作っています。

もし自分を他のものと切り離し、他の切り離されたものも存在し、

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他の種があり、

天地万有が根本的にあなたとっては無関係で

あるいは好ましくないものでさえあるかもしれず、

そうすると確実にそれをコントロールしたいと思うでしょう。

あなた以外の他の存在に対して、

いつでもあなたを消滅させることさえできる気まぐれで恣意的な自然の力に対して

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力を持てるようになりたいと思うでしょう。


こんな話は時代遅れになりつつあり、もはや真実でもなくなりつつあります。

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私たちはもはやそんなことに共鳴はしません。

それどころか実際はコントロールという手法が解決不能の危機を生み出しているのです。


それは、私たちが新しい自分、新しい人々の物語に移行していくために道を開けてくれていることでもあります。



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お金とは同意のことです。そのもの自体に価値はありません。

私たちが価値があると同意したので価値を持っているのです。

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経済はお金が何をなすのかを教えてくれます。

交換という行為を促すものだと。

ものを数えたり、物事を追跡するために使います。

あなたは、小切手と呼ばれる魔法の紙切れに数字を書き

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あなたの家にあらゆる種類の有り余るほどの品々をもたらしています。


もしあなたがその魔法のお金をもっとも促進している人の一人だとしたら、

あなたは何千人もの人々へ苦痛をもたらすこともできるのです。

明らかに、欠乏とはお金のシステムが作り出すものです。

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なぜなら、お金はそのために作り出されたからです。

借金の利子のように。

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銀行が何かに対してお金を貸すとき

あるいは連邦準備銀行がお金を発行するときはいつでも借金の額と一致しています。

そして借金は、利子があるゆえにいつでも実際のお金の量より多いのです。

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このことが本質的に人々をお互いに競争させるという状況に追いやります。

決して十分な状態にはならないお金のために。



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成長とはお金のシステムに作られたもう一つのことです。

もしあなたが銀行だったとして、誰かにお金を貸すとします。

その人は利益を得て借金を返すために新しい品やサービスを作り出すでしょう。

あなたは物やサービスを作らない誰かに貸すことはしません。

つまり、お金はそういうものをもっと作り出すだろう人のところに行くのです。


しかし、経済成長とは基本的に

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自然の中にある何かを見つけそれを物に作り変える、

あるいはかつては好意でしてあげていた何かを見つけ

それをサービスに変える、ということです。

人々がかつてただで授かっていたもの、あるいはお互いにしてあげていた、してもらっていた何かを見つけなければならず、

それを取り上げて何らかの形でそれを商品に変えて売りつけるということです。

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私たちは自然を奪い去り、同じ方法で社会を奪い去っています。

私たちが今自然に目を向けると、それは一握りのものでしかありません。

それは私たちをとても孤独にし、人間に基本的に必要な多くのものが損なわれていることに気づきます。

そしてもしお金があれば、あとはそのひもじさを、購買という行為を通して満たそうとするでしょう。

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物を買い、お金そのものをためることを通して。

もちろん、今私たちは成長の末期に近づいています。

私たちの星はこれ以上の成長には持ちこたえられません。

だから、私たちが今日抱えている危機はなくならないのです。



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私が話していることの1つは、私が子供のころもっていた誤った感覚のことでもあります。

ほとんどの子供たちが、本来ならそうではないはずの感覚を持っていると思います。

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たとえば実際には、月曜日が大嫌いであるとか、学校に行かなくてもよいときがハッピーであるなんてはずがありません。

学校は大好きな場所であるはずだし、日々の生活は大好きなものであるはずです。

私たちは自分たちを本当に生かしてくれ、生活を良いものにしてくれるものを何もお金で得てはいませんでした。

私たちは空気を稼いだわけでもなければ、生まれたことを稼いだわけでもありません。

概念を稼がなかったし、息をすることができるということにお金を払いませんでした。

食物を与えてくれる星にお金を払わないし、太陽にお金を払いません。

だから、人はある程度生まれつき感謝の気持ちを持っています。

これらどれにもお金を払わなかったことはある意味分かっているのですから。

命が贈り物だということを私たちは知っています。

まぁ、もしあなたが贈り物を授かったのだということが分かっていれば

自然に感謝の気持ちが沸き、お返しをしたいとおもうでしょう。



贈り物経済においては、皆が他の皆と狭小しているお金経済のやり方は真実とはなりません。

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贈り物社会では、必要としているもの以上の余ったものを必要としている誰かに与えます。


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そうすることであなたはステータスを得るのです。

そうすることが、保障の基盤となるのです。

感謝の気持ちを作り上げることで、人々はあなたのことを考えるようにもなるのですから。

もし贈り物が全くなければ、コミュニティーも全く存在しません。

そしてコミュニティーは消滅し、社会がさらに貨幣化することになるでしょう。

人々が求めてたとしても、貨幣化した生活への付属品としてのコミュニティーなどはあり得ないのです。

実際にあなたたちはお互いを必要としています。

人は贈り物を制定したいと願い、お金から解放されたとき、それが叶うでしょう。

お金はほとんどの場合障害です。

人は思います。

あぁ、これがすごくやりたい、でもお金がある?現実的?

お金がやりたいことをさせないのです。

お金が関係なければわたしはどんなすばらしいことをやっただろう?

私は何のために生きているのだろう?

ホームレスの人々のために彼らが世話し、自然と再度繋がるための大きな庭をつくることだろうか?

有害な廃棄物廃棄所をきれいにすることだろうか?

あなたなら何をしますか?

どんな素敵なことをしますか?

なぜそういうことが現実的ではないのでしょう?

どうしてそういうことのためにお金がないのでしょう?


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贈り物という原理が具現化されている経済こそが、単純に真実に基いている経済のなのです。

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私たちの目の前にある仕事に対してこそ、真の贈り物の表現としてのお金であるべきです。

お金を作り出すにも、お金を循環させるにも、全く異なったメカニズムが必要です。

高利貸しの効果を翻す負の利子や、コストの内在化もその一つです。

つまり、これ以上汚染したりすることはなく、誰か他の人や、未来の世代に代価を払わせることもないものです。

社会的配分もその一つです。共通であるべきものから得る富、すなわち大地、地下水帯、そして文化的遺産を共有することです。

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多くの経済的機能を再び地方化したり、仲間どおしの財政、仲間どおしの変革などです。

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現在のお金のシステムからシフトするにはどうしたらよいでしょう?

今のお金のシステムはどんどん悪くなるばかりです。

成長というものはコストをドンドン上げ続けているだけのことになっています

私たちが最善の努力をしても、そのシステムを動かすのに必要な速さで経済を成長させ続けけることはできません。

そしてますます苦悩が増すばかりです。

人はこれ以上の苦悩に耐えられません。

人工的に誘発された競争のトップにいる人でさえ、勝者でさえ幸福ではないのです。

彼らにとってもこのシステムはうまくいっていません。

だから一連の危機的瞬間を迎えることになると思うのです。

それぞれの危機が前のものよりより深刻になっていくのです。

そしてそれぞれの危機的瞬間に、私たちには集団的な選択肢があります


ゲームをあきらめて、皆に加わるか?

それともさらにがっちりとしがみつくか?

その決断はまさに私たちにかかっています。



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どの時点でこの目覚めが起こるのか。



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これはすべて大きな間違えでしょうか?

それは意味のある疑問ですし、

地球で起こった、そしてたった今起こっている恐怖を見渡すと、確かにそうであったようにも見受けられます。


そしてこう考える人もいるでしょう。

こんなことにかかわりたくないと。

文明は大きな間違えだったと。


私はこの離脱への旅全体を、間違えではなく大きなプロセスの一部として考えるようになりました。

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それは1960年代の環境運動で始まったと思います。

それは大勢の人たちの最初の意識の目覚めでした。

宇宙飛行士たちが宇宙へ旅立ち、離脱の頂点を経験しました。

そしてその写真に圧倒され、現在でさえも私たちの中に愛を呼び覚ますものです。

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私たちは地球と恋に落ちているのです。

それは私たちの大人時代へ移行の一つでした。

もうひとつは、古い時代が崩れ新しい世界が生まれるときの時代の試練の訪れです。

子供たちは遊びながら自分たちが授かった贈り物を発達させていきますが、

まだそれを自分たちの新の目的に適用していません。

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そして、それは人間がやっていることです。

私たちは無作為にテクノロジーと文化という贈り物をもてあそび、発展させてきました。

そして今私たちは大人の世界に入っていくのです。


それらの贈り物を真の目的に使うときがきました

まずは、単純に、壊し続けてきたものを癒すことです。

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多くの治癒が必要で、実際にはほぼ不可能です。

私たちはここ、地球でまさに奇跡を起こそうとしている、といえるでしょう。


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私が言いたいのは、それが今までの現実についての古い解釈からは不可能だということです。


しかし、新しい理解からなら可能です。


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そして実際に、それが必要であり、まさにそれを試みる以外価値のあることはないのです。






人々は目覚め、


これから今までむさぼり続けたことに対する代償として

大きな痛みに耐えなければならないのでしょうが、


新しい時代への扉は


開いているようです。




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Blue Dolphine

Author:Blue Dolphine
ボア君 21歳
(いのしし年生まれ)
ラビ君 18歳
(うさぎ年生まれ)
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と連れ合いに、そして周りの全ての人たちから日々幸せをもらっている母です。

バンクーバー近郊に被曝からの避難を考えている方、できる範囲でお手伝いします。遠慮なくご連絡ください。




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