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チェルノブイリの遺産

 2012-04-29
The Nation

The Legacy of Chernobyl
チェルノブイリの遺産


Laura Flanders on April 26, 2012 - 3:29 PM ET


Twenty-six years after the meltdown at Chernobyl, the legacy of the 1986 explosion lives on.
チェルノブイリのメルトダウンから26年、1986年爆発の遺産は生き続けます。


"It is a disaster that left a 30-kilometre uninhabitable exclusion zone, displaced hundreds of thousands of people, and still threatens the lives of tens of thousands," writes Greenpeace today.
「それは、30kmの人が住めない立ち入り禁止地区に残された惨事です。何十万の人々が立ち退かされ、未だに何万もの人々の命が脅かされています。」と今日グリーンピースは書いています。


All these years and a triple meltdown at Fukushima later, the industry and its supporters have yet to learn.
これまでずっと、そして福島のメルトダウンの後、業界とその支持者は、未だに学んでいません。


"The nuclear industry still hasn't realized or admitted that its reactors are unsafe. Reactors are vulnerable to any unforeseen combination of technological failures, human errors and natural disasters. That puts the tens of millions of people living near the worlds more than 400 reactors at risk." Write Greenpeace's Justin McKeating.
「原子力業界は、未だに原子炉が安全でないということを認識せず、あるいは認めていません。原子炉は、技術的失敗、人間の間違え、自然災害の、予期できない組み合わせにもろいのです。それは、世界にある400の原子炉付近に住む何千万人もの人々の命を危険に曝しています。」グリーンピースのJustin McKeatingは書いています。


To get a sense of just what those tens of millions live at risk of, take a look at these photographs by award winning photographer Paul Fusco. Earlier this month I had a the honor of participating in the fourth Schuneman Symposium held at the Scripps School of Journalism at Ohio University. Among the speakers was Fusco, an extraordinary MAGNUM photographer who traveled to the Ukraine to see the legacy of Chernobyl after twenty years. Fusco expected to stay two weeks. He stayed for two months, following parents, children, nurses and cancer patients.
その何千万の命の危険性を感じるため、受賞暦のある写真家、Paul Fusco氏の写真を見てみましょう。今月の初めに、私は光栄にも、オハイオ大学のScrippsジャーナリズムスクールで開かれた、第4回Schunemanシンポジウムに参加しました。スピーカーのうちの一人がFusco氏でした。彼は、20年後にチェルノブイリの遺産を見に、ウクライナへ旅した、非凡な「マグナム」の写真家です。Fusco氏は、2週間の予定で行きましたが、2ヶ月滞在することになりました。両親、子どもたち、看護婦、癌患者を追ったのです。


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ウクライナ プリピャチ 1997 チェルノブイリ原発作業員野ための荒廃した住居


"It changed my life. I couldn't leave. It was so immense in its implications. There is so much damage to so many people in so many ways…" says Fusco.
「その旅はわたしの人生を変えました。立ち去ることができなかったのです。それは含蓄において測り知れないものでした。あまりにも多くの形で、あまりにも多くの人々に、あまりにも多くのダメージがあるのです。」


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ベラルーシ Maiski 1997 Nikolai Yanchen 6年の除染作業の後、右足を失う。今でも汚染地域に暮らす。


Yet his extraordinary photographs, which you can see here in a short promotional slideshow, aren't printed in US papers. They're like his pictures of US military funerals, his current project, which is called Bitter Fruit. "The pictures are printed a lot in Europe. Never here," Fusco told the Scripps students. "Why do you think that is?"
しかし、短いスライドショーで見られる、彼の思いもよらぬ写真は、アメリカでは出版されていません。彼が現在取り組んでいる「苦い果実」と呼ばれる、アメリカ軍の葬儀の写真のようなのですが。「写真はヨーロッパでは沢山印刷されています。でもここでは決してされません。」Fusco氏は生徒たちに言います。「なぜだと思いますか?」




スライドショー、ナレーションをザクっと私訳してみます。



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チェルノブイリの4号機原子炉は、現代の疫病を解き放ち、都市を空っぽにし、全地域を捨て去り、目には見えずに体の中へしみ込み、その破壊的な存在を曝した。
写真家のPaul Fuscoは、チェルノブイリの暗い遺産に直面し、今では20年となる出来事が人間にもたらした恐ろしい結果に焦点を当てる。





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ベラルーシ ミンスク 1997  小児癌病院 マリア 9歳 科学治療を受ける孤児

彼女はいつも泣いていました。両親も兄弟も姉妹もいないのです。何もないのです。それでもすばらしい看護婦のおかげで、この場所が大好きになりました。ここの人たちといるのがとても嬉しいのです。他の子どもたちも元気付けます。私を見上げて言いました。「見て。私の家族よ。」


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク 友達が外でいる間、金切り声を上げる少年

それはとてもよい教訓でした。私は彼らと話ができず、彼らも私と話ができませんでした。でも遊んでいるのです。とても仲が良いのです。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク マットの上に集まるともだち

内なるところで、とても活発なようでした。走り回ったりはしませんが、内面的に、とても活発なのです。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク 出血するまで自分の手を噛み続けないように、我慢させられている少年

彼は縛り付けられています。悪い子でいじわるだからではありません。自分でコントロールできないからです。血を出すまで自分を噛みつづけるからです。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク 常に何かにおびえているかのように暮らしている少年

この車椅子の少年はおびえています。私に反応しているのではありません。一日中そうなのです。車椅子に座り、撹乱し、縮みあがり、うなり声を上げ、恐怖にもがき、やがて落ち着き、数分眠り、リラックスし、そしてまた始めるのです。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク 朝食後、ホールのマットに移される少年たち。体を揺らしたり縮こまりながら一日を過ごす。

彼らの何が問題なのか?分かりません。


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ベラルーシ ミンスク 小児癌病院 治療中付き添う両親 癌で片足を失った少年

彼の後ろで母親たちは、自然が何を彼にもたらしたのか、不思議に思います。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク 歩けない少年たち。這って、転がって、滑って移動する。

多くのこともたちが、生まれたときに諦められてしまっています。このような子どもたちを育てるということが想像できますか?とても貧しくて。どうやったらできるでしょう?もし、その責任をもはや持たなくなり離れてしまったら、彼らは自分たちで何とかします。



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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク 床の上で食事をする少年たち

何か違う種族のようです。床にいる子どもたち。歩けない。歩かない。体をゆすれない。転がって、這うのです。滑って、床の上で食事をします。動物の群れのようです。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク スプーンで食べさせられるどうにもならない少年

精神的な問題がある子供たちの施設で、彼らは教育されず、何の訓練もなく、ただ生き続けるだけ。それでも、生存不能とは考えられず、その施設でただなるように大人になり、そこで生涯過ごすのです。


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国連によると、700万人が被害を受け、子供たちがその半分。ベラルーシだけで50万の子供たちがチェルノブイリの犠牲者だといいます。


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ベラルーシ 1997年 Novinki救育所 ミンスク からだの使い方を教える理学療養士

医者の中に、もうベラルーシに人はいなくなる、と言う人がいます。拭い去さられてしまうのだと。本当でしょうか?私には分かりません。でも彼らは、そう強く感じ、恐れていたのです。


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ベラルーシ ミンスク 小児癌病院 Vova 15歳 写真撮影の1年前に癌で左足を失う

母親が言います。Vovaの親友知ってる? いいえ、知りません、と私は答えました。 彼は死んだのです。彼はとても聡明で、最後の日、彼の母親に尋ねたのです。「お母さん、どうして僕は死んでいくの?どうして?」



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ベラルーシ ミンスク Vovaはずっと病院にいる。癌が転移し、医者にもう術はない。

そして言うのです。「チェルノブイリだ!チェルノブイリだ!他にどんなことがありえるんだ?チェルノブイリ!!」母親は、Vovaの前でその話をしました。写真を撮らせてくれたときに。Vovaも自分が死んでいくのを知っていました。彼女は、Vovaの前で言いました。どうしてか分かりません。彼女は準備していたのでしょうか?


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ベラルーシ ミンスク 第一チルドレン・ホーム Katya 3歳 先天的にいくつもの硬化症を持って生まれる。 彼女を抱っこする看護婦のNina Azarkova。


彼女は酷い出生異常を持って生まれてきました。看護婦が彼女の世話をしている写真をいくつか撮っていました。



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ベラルーシ ミンスク 第一チルドレン・ホーム Katyaのは母親が定期的に尋ねても、Katyaは決してそれが母親だとわからない。

そして、この女性が来て、子供を抱き、あやし、話しかけます。看護婦が彼女が母親だと教えてくれました。ほぼ毎日来るのだと。


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ベラルーシ ミンスク 第一チルドレン・ホーム この病院は、奇形で生まれてきた多くの赤ん坊を生後まもなく受け入れている。

1時間ほど過ごすけれど、子供は、彼女が分からないのです。毎日来るたびに、彼女には娘がいないのだと知るのです。娘には、自分の母親がいることが分からないのです。


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ベラルーシ ミンスク 第一チルドレン・ホーム 肝臓が肥大した2歳半の男の子を抱く看護婦(Alla)

Alla。聖なるAlla。ひどい腫瘍。彼女は男の子を抱いています。大好きなのです。時に自分の子供より、彼のことを愛おしく感じる時があるのだと言いました。



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ベラルーシ ミンスク 第一チルドレン・ホーム 手術不可能の腫瘍を持つZgenyaの入浴を準備する看護婦、Alla Komarova


彼女は入浴の用意をしています。信じられません。グロテスクな女の子。その腫瘍に肝臓があるというほかに、わたは何も知りません。



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ベラルーシ ミンスク 第一チルドレン・ホーム 脳が後頭部、頭蓋骨の脳膜にでてしまったYulya

Allaと頭蓋骨の外に脳が出てしまった男の子。


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ベラルーシ 小児癌病院 ミンスク 癌治療のため化学療法が進行中の娘と母

わが子を抱く母親。髪の毛のない子供。化学療法。それがなんのためか知っていますか? 癌なのです。私は母親のことを考え続けました。自分を責めているのか?



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放射能は免疫システムを破壊するので、体は癌細胞と戦えません。ミンスクの甲状腺腫瘍センターは、甲状腺癌が2400%増えたと言います。



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べラルーシ Gonel 孤児院 リンパシステムがほとんどない4歳半のSasha

私が彼を見たとき、心の中は。。なんということ。彼は怪物。彼の体はゆがみ、膨張していた。リンパシステムがないのです。匿名で写真を撮りました。病院の2人の友達と一緒でした。それはグロテスクで信じがたい。非人間的だ。天はどうしたらこんなことができるのか?事故?それは事故だった。人は、全て網羅している、全ての可能性を全部面倒見るといい、人間が作った全てのものが、機能しなくなり、壊れた。だから、彼の体は普通に働かない。自分の体が自分の体に害を与える。彼は驚くべき子供だ。命に満ちて、エネルギーに満ちて。聡明で、なんでも知りたがる。走り回り、ゲームをして遊ぶ。とてもおおらかで。彼はただ、素晴らしい子供だ。本当に知的で、賢く、輝く目を持ち、そして、彼は怪物。




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ベラルーシ 2000 Gonel 臨床病院 Aleysa Beoia 17歳 11歳のときに白血病を診断される

Aleysaは助けを得るのに6ヶ月アメリカにいて、英語を話しました。1日を彼女を知るために話して過ごし、明日来るから、と彼女にいいました。そして翌日戻り、



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ベラルーシ 2000 Gonel 臨床病院 Aleysaロシア、アイルランド、アメリカ、そしてベラルーシ6年以上で治療を受ける。治療の効き目はなかった。

通訳と部屋に入ると、Aleysaのところで、Sashaは完全に麻痺していて、恐れと苦悶の表情でした。Aleysaはこん睡状態で、ひどい苦痛の中でした。


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ベラルーシ 2000 Gonel 臨床病院 Aleysa昏睡状態。死に近づく。3歳のとき、チェルノブイリ爆発の後、汚染された雨の中走り出て遊ぶ。


私には、望みがないように思えました。そして、写真を撮ってもよいか尋ねました。尋ねると彼女は、ええ、と言います。「皆に、彼らが何をしたのか見てほしい!」



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ベラルーシ 2000 Gonel Aleysaの母、彼女がなくなった日、一日中祈る。


そしてAleysaは一日を悲嘆し、哀願し、神に嘆願して過ごしました。「私の娘。私の娘。」写真はつらいものです。




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ベラルーシ 2000 Gonel Aleysaの母、Lidaと父Sasha 娘が病院で死んでいく日の苦悩

母親のことを考えました。父親のことを考えました。家族のことを考えました。つらいと思います。Aleysaを御覧なさい。悲嘆して一日を過ごしました。私の愛する娘。置いていかないで。置いて行かないで。私の愛する娘。愛する娘。


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ベラルーシ 2000 Gonel 診察の間娘がこん睡状態に陥って言った後で、感情に圧倒されるLida


置いていかないで、私の命。

Aleysaが3歳のとき、彼女は外に走って出て、黒い雨の中遊んでしまったのです。



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チェルノブイリを忘れない~福島に心を寄せる力

 2012-04-28
26 years on: helping Chernobyl's children
チェルノブイリの子どもたちに手を差し伸べ続けて26年


By Katie Walmsley, CNN
updated 5:53 PM EDT, Wed April 25, 2012

青字は、動画のナレーションで、下記の記事に述べられていない部分です。





(CNN) -- Twenty-six years ago this week, a botched reactor safety test in a corner of what was then the Soviet Union set off the worst nuclear accident in history.
CNN --今週から26年前、当時のソビエト連合の片隅で、原子炉の安全テストがやり損なわれたことが、史上最悪の原子力事故を引き起こしました。


The radiation effects of the April 26, 1986, reactor explosion were about 400 times more potent than the bomb dropped on Hiroshima during World War II, and nearly 14 times greater than the disaster last year at the Fukushima plant in Japan.
1986年4月26日の原子炉爆発からの放射能が及ぼした影響は、第二次世界大戦中に広島に投下された爆弾の約400倍、去年起きた日本の福島の災害の14倍の効能がありました。

正確には、チェルノブイリと福島の放射能の効能の比較の結論は、まだ出せないでしょう。10年、20年後にこの数字が大幅に塗り替えられないことを、願わずにはいられません。


Fast forward to today, and even in the exclusion zone, plants have re-grown, animals are flourishing and Chernobyl has been opened to tourists.
今日に至り、立ち入り禁止地区でさえ、植物は再生し、動物たちが繁殖し、チェルノブイリは、観光客にも、開かれています。


But Chernobyl refuses to be relegated to the past. Indeed it may still be devastating the lives of millions who continue to live in the fallout zone.
しかし、チェルノブイリは、過去に追いやられることを拒絶しています。実にそのことが、放射性物質降下地区に住み続けている、何百万人もの生活をまだ途方に暮れさせているのかもしれません。


Chernobyl Children International, or CCI, works to help kids in the region whose lives have been impacted by a disaster that happened years before they were born. Many suffer from physical problems such as congenital heart defects. Many kids have chronic illnesses or disabilities, and many live full time in institutions.
チェルノブイリ・チルドレン・インターナショナル(CCI)は、自分たちが生まれる何年も前に起こった災害によって影響を受けた、その地域の子どもたちを援助するために活動しています。多くのもの達は、先天的心臓病のような身体的問題で苦しんでいます。多くの子どもたちが、慢性の病気や障害を抱えています。そして、多くのもの達が、終日、施設で暮らしています。


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00:59
16 years later, here are still no clear answers why so many kids born outside the exclusion zone well after Chernobyl are sick.
16年経っても、立ち入り禁止地区の外で生まれたあまりにも多くの子どもたちが、なぜ、チェルノブイリの事故から充分経っているのに、病気なのか、明らかな答えは未だにありません。



To help them, CCI sends surgical teams who in turn help train local doctors. CCI nurses teach institution staff techniques, and volunteers renovate facilities.
彼らに手を差し伸べるため、CCIでは、地元の医師達を養成する手助けをするために、外科医のチームを送ります。


One of CCI's main goals going forward is a program they call "Home of Hope," which uses money from donations to place institutionalized kids with nearby families.
CCIが目指す主要な目標の1つは、「希望の家」と呼ばれるプログラムです。寄付金からの資金を使い、施設にいる子どもたちを、近くにすむ家族達に任せるものです。


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02:05
These are the families that agreed to take 10 who used to live in orphanage. Donations from sponsor allows them to put together at homes with real parents and real siblings.
孤児院にいた10人の子供たちの面倒を引き受けてくれることに同意してくれた家族たちです。スポンサーからの寄付金は、真の両親、真の兄弟と共に家に一緒にいられることを可能にします。



For many severely disabled children there, the future is uncertain. CCI works to build community centers in affected areas, in the hopes that there will be some support system for them after they are too old to remain in institutions.
深刻な障害のある子供達の多くにとって、将来が不確かです。CCIは、彼らが施設にいられる年齢を越した後でも支援を受けられるように、被災地にコミュニティーセンターを作る活動をしています。


Decades after the meltdown, the mission of CCI is complicated by the fact that there is no real consensus on how many of the region's current problems can be directly attributed to Chernobyl.
メルトダウンの後何十年も経ち、CCIの使命は、現在、その地域で起きている問題のどのくらいが、直接チェルノブイリに起因しているのかについての一致した見解が無いことで終始しています。


Only 30 people died in the immediate aftermath, either from the explosion or acute radiation syndrome. But the disaster sent a cloud of radioactive fallout over hundreds of thousands of square miles of what is now Russia, Belarus and Ukraine that would have an impact on the health of many more.
事故直後に、爆発、あるいは急性放射線シンドロームで命を失ったのは、30名ですが、その惨事は、放射能の雲を、更に多くの健康に影響に与えるであろう、今のロシア、ベラルーシ、ウクライナの何10万平方マイル以上にまで送り込んだのです。


More than 200,000 people were evacuated, never to return. However, a 2005 report by "The Chernobyl Forum" (the most comprehensive to date) estimated more than 5 million remain in what have been termed "contaminated territories," and a quarter-million live in "highly contaminated territories."
20万人以上の人々が避難させられ、二度と戻れませんでした。しかしながら、2005年に、「チェルノブイリ・フォーラム」(現在の所もっとも包括的)での報告では、「汚染領域」と定義されてきたところに、5百万人以上がまだ残っていて、「高度汚染領域」には、25万人が住んでいると推定されました。



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Ten years after the explosion, a CNN team visited Chernobyl to ascertain the long-term effects of radiation exposure for those living near Chernobyl during the accident, for cleanup workers or "liquidators," or for those who continued to live in areas that were classified as polluted. They found more questions than answers.
爆発から10年、CNNのチームは、事故の間、チェルノブイリの近くに住んでいた人、除染作業員、「リクビダートル」、汚染されたと分類された地域に住み続けた人々の放射線被曝の長期的影響を確かめるために、チェルノブイリを訪れました。彼らは、その答えより、更なる疑問を見出すことになったのです。


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00:46
"Certainly radiaion here contaminated these mice."
「確かに、ここの放射能が、これらのネズミを汚染した。」



Research funds were scarce. Economies of affected countries were decimated by the disaster and by the subsequent breakup of the USSR.
調査基金は欠乏していました。被災した国々の経済は、災害と、後に続いたソ連の崩壊により、壊滅状態でした。


Years later, there aren't many more definitive answers than there were then, to the question of how exactly Chernobyl has affected the lives, not just of those who lived through it, but of subsequent generations still living in these "contaminated' areas"
何年も経ち、チェルノブイリは、そこに生きた人だけでなく、まだ「汚染地域」で暮らしている、後に続いた世代で、正確に、どれだけ人の命に影響を与えたのかという問いに対して、当時以上に決定的な答えは多くありません。


Many of us have certain mental images that spring to mind when thinking of the effects of radioactive contamination: mutated animals, children with deformities and birth defects, for example. But the 2005 Chernobyl Forum report found scant evidence that this was the case.
多くの私達は、放射能汚染の影響を考えるとき、例えば、突然変異した動物たち、奇形の子どもたちや、先天性異常という特定のイメージを心に浮かべがちです。しかし、2005年のチェルノブイリフォーラムの報告では、そのようなケースがあった証拠は不十分とされました。

どれだけの証拠があったら、充分なのでしょうか???  


In fact, other than a marked increase in thyroid cancers in those living near the exclusion zone, the report found few definitive links to increased instances of disease or birth defects.
実際に、甲状腺ガンの増加が示されたほかは、立ち入り禁止地区付近に暮らす人達の中に、病気や出生異常に決定的に関連している実例は見出されなかったと報告されました。

国際的に築き上げられたこれらの、悲しい学問のまやかしを信じらられるひとは、今どのくらいいるのでしょうか?


Their conclusion; in the 600,000 people they studied, they might expect around 4,000 extra deaths that could be directly linked to Chernobyl.
彼らの結論は、こうです。60万人の人々が研究対象となり、チェルノブイリに直接結びつく4000ほどの過剰な死が見込まれる。

2005年のフォーラムから7年、福島の事故から1年。このような「過小評価」というものは、もはや古典的、時代遅れ、タブーなものになったと思います。


The report created fierce debate among some who felt it grossly underestimated the impact of the disaster. A subsequent study titled "The Torch Report," commissioned by the European Green Party, put the number of extra cancer deaths alone at a much higher rate -- somewhere between 30,000 and 60,000.
その報告は、災害が与えた影響を酷く過小評価しているように感じられるという人により、猛烈な討論がなされました。ヨーロッパのグリーン政党が委託した「文化の光の報告」と題された後の研究では、過剰なガンによる死亡数だけで、もっと高い率、3万と6万の間だとしています。

ずいぶん幅がありますね??


Figures released by UNICEF in 2010 showed that more than 20% of adolescent children in Belarus suffered from disabilities and chronic illness. Belarus absorbed 70% of Chernobyl's fallout.
UNICEFで2010年に発表された数値は、ベラルーシの20%以上の青年期の子どもたちが、障害や慢性の病気で苦しんでいることを示しています。ベラルーシの地には、70%のチェルノブイリの降下物が吸収されたのです。

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But the truth is, no one really knows where to lay the blame for these figures.
しかし真実は、これらの数に対し、本当に責任がもてる者がいない、ということです。


One of the main challenges for anyone attempting to ascertain the health effects of Chernobyl radiation is that there is so much background radiation in the atmosphere to begin with. But more specifically, Chernobyl was so much more than an explosion.
チェルノブイリの放射能が健康に与えた影響について確かめようとする人々にとっての主な難点は、調査をするにあたり、多くの自然放射能が大気中にあるのだ、ということです。

何十年もの間記録をとったデータがあるはずですし、放射線各種が選別検出できる技術があり、その各種による特質が判明している今の時代に、このまやかしは、もうそろそろやめるべきだと思いますが・・・・もしそのようなデータや技術がないのであれば、世界一安全な原発をつくるなんて、幻にもなりません。


"When we think about Chernobyl, most people think about the medical consequences of living with radiation," said Kathy Ryan, a spokesperson for Chernobyl Children's International (CCI). "But it's important to understand that people are still being affected by the social and economic fallout."
「チェルノブイリについて考えるとき、ほとんどの人が、放射能と共に暮らすことの医学的結果について考えます。」とCCIのスポークスマン、Kathy Ryanさんは言います。「しかし、人々がまだ、社会的、経済的降下の被害を受けていると理解することが重要なのです。」


After the Chernobyl disaster, millions living on previously prime farmland found that no one would import their "contaminated" produce. The high cost of cleanup from the accident, which cost Belarus alone well over $200 billion, is thought to have contributed to the breakup of the Soviet Union and further crippled affected region's economy.
チェルノブイリの惨事の後、以前は優良だった農地で暮らしていた何百万人もの人たちは、だれも彼らの「汚染された」産物を輸入してくれないのだと知りました。事故からの除染にかかる高いコスト、それは、ベラルーシだけで2兆ドル以上かかり、ソ連の崩壊と、荒廃した被災地域の更なる経済の崩壊を導いたと考えられています。


With diminished ways to make a living, many were -- and still are -- forced to eat food and drink water from the polluted areas where they live. Whether radiation in produce is or is not harmful, what's certain is malnutrition is common, which often can result in illnesses and birth defects. Another factor is a sense of defeatism in Chernobyl-affected people, many of whom had to leave homes their families had lived in for generations.
限られた方法で生活し、多くの人が、かつても今も、自分たちが住んでいる汚染された地域からの食物を食べ、水を飲むことを強いられています。産物ないの放射能が害であろうが無かろうが、確かなことは、栄養不良が一般的だと言うことです。それは、しばしば病気や先天性異常という結果になりかねません。他の要因は、チェルノブイリの被害に合った人々の敗北感です。多くの人が、何世代も家族が暮らしてきた家を追われたのです。


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01:28
According to the World Health Organization, the residents do have a higher rate of some cancers.
WHOによると、住民がガンにかかる率が高い、ということです。



The International Atomic Energy Agency (IAEA) says displacement, poverty and fear of radiation sickness have contributed to "suicides, drinking problems and apathy."
国際原子力機関(IAEA)は、立ち退き、貧困、被曝による病気への恐れが「自殺、アルコール依存、無関心」という結果を招いてきたのだと言います。


It's issues like these -- prenatal alcohol exposure for example -- that have led to birth defects and illnesses in many children. As a result, many children live in institutions; UNICEF estimates the number in Belarus alone to be nearly 10,000.
それは、このような問題です。--例えば、出生前のアルコール摂取は、多くの子どもたちに先天性異常や先天性の病気を導きます。結果として、施設で多くの子どもたちが暮らすことになるのです。UNICEFはベラルーシだけで、ほぼ1万人になると推定しています。

つまり、被曝の影響ではなくて、妊娠中のアルコール摂取のせいだ、との主張ですね。。。先天性異常、死産、その原因が、直接的な被曝によるものなのか、間接的な精神的ストレスによるものなのか、それがたとえ判明しないにしても、結局のところ、なぜアルコール依存になるのか、なぜ、経済的崩壊が起きてしまったのか、を考えれば、直接健康に影響に与えるだけでなく、生活そのものに、地域に、国に、崩壊するほどの影響を与える危険性を常に抱えているのが、原子力政策だ、という結論を認識しなければなりません。


"The children in many cases were removed from their home ... because the parents might have had issues with alcoholism or with poverty," Ryan said.
「多くの場合、子どもたちは、彼らの家から移されました。。。両親がアルコール中毒症や貧困という問題を抱えていたからです。」とRyanさんは話しました。


According to CCI, many kids suffer almost as much from being in an institution as they do from their disability or illness.
CCIによると、多くの子どもたちは、自分の障害や病気に苦しむのとほとんど同じくらい、施設にいることに苦しんでるのだと言います。


Rebecca Fordham, communications officer from UNICEF, said that finding an alternative to institutions is a worldwide priority for them.
ユニセフ広報担当のRebecca fordhamさんは、施設に代わるものを見つけることが、彼らにとって、世界的に優先さされるべきものだ、と述べました。


"It can be impersonal," she said. "They're not getting the dedicated services they need, not having enough access to proper food or physical activity."
「非人間的なのです。」と彼女は言います。「必要としている献身的なサービスを受けていません。適切な食べ物と運動を得ることができないでいるのです。」


The question now, is how populations can begin to move on from the specter of Chernobyl?
今問われるのは疑問は、チェルノブイリの恐ろしい幻影から、人々がどうやって前進し始めることができるのか?ということです。


Reports by the U.N. Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation (UNSCEAR) and the World Health Organization claim that much of the land designated as "contaminated" by the former Soviet Union actually contains radiation levels not much higher than vast areas considered "safe." In fact, by the USSR's standards, it's not just the former Soviet republics that should be concerned..
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)とWHOの報告によると、前ソビエト連合が「汚染されている」と選定した土地の多くが「安全」と考えられている広大な地域より放射線レベルがあまり高くないところを含んでいるのだと主張します。実際に、ソビエト連邦の基準で、前のソビエト共和国だけ関係しているのではないのです。。


"Some 45,000 square kilometers in Western Europe have measurable levels of radioactivity in the soil from Chernobyl above the criterion applied in the former Soviet Union to designate 'contaminated' areas," said UNSCEAR Secretary Malcolm Crick. And yet, those areas have experienced nowhere near the alienation and economic impact of much of Belarus and Ukraine.
「西ヨーロッパの4万5000平方kmの土壌に、ソビエト連邦が『汚染された』地域と指定した判定基準を超えるチェルノブイリからの放射性物資のレベルが測定されています。」と、原子放射線の影響に関する国連科学委員会の長官、Malcolm Crick氏は話しました。しかし、これらの地域はどこも、ベラルーシやウクライナほど大きな孤立も、経済的影響も受けてないのです。

ドイツのことでしょうか。ドイツがいち早く原発からの脱却を打ち出したのはなぜですか?チェルノブイリから遠く離れたドイツでさえ、大きな被害に見舞われた経験があったからではないでしょうか?


How many areas are still "contaminated," and what does that mean? Does lingering radiation adversely affect the health of residents, and is there still a danger from eating food grown there? These are questions that many not have answers to for some time to come.
どれだけの地域がまだ「汚染されている」のか、そしてそれはどういう意味なのか?だらだらと存在し続ける放射能は、住民の健康に悪影響を与えるのか、そこで育つ食物を食べるのは、まだ危険なのか?これらの疑問の多くの答えは、まだしばらく出ないでしょう。

出てますよね??


In the meantime, a priority for CCI volunteers is simply to spend time with the kids, hug them, show them some love, and help them look forward to some kind of future -- whatever their link to the explosion that so altered their past.
その間、CCIのボランティアの優先することは、単に、子どもたちと時を過ごし、抱きしめ、愛情を示し、ある種の将来を楽しみにできるよう援助することです。彼らの過去を変えてしまった爆発との関連がなんであろうと。


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"We're not scientists; we're humanitarians," Ryan said. "We just don't want these people to be forgotten."
「私たちは、科学者ではありません。人道主義者です。」とRyanさんは言いました。「私たちはただ、彼らが忘れ去られるのがいやなのです。」


-------------------


「放射能が危険か否か」

「犠牲者が百万人か数千人か」



実際に苦しんでいる人たちの見えないところで、

そんな議論が白熱し続けていることが、

何かとても悲しくもあります。



永久に。。。

忘れないこと。

気持に寄り添うこと。


そのことで、

苦しみが少し和らぎ、

今日という一日を生きる元気が少しもてることを願って。


それに尽きるのかもしれません。




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カナダで保養・サマーキャンプ~ノース・バーナビー・コミュニティー

 2012-04-27
毎年夏に、息子が通っている小学校で、サマー・デイキャンプがあります。


バーナビー教員委員会のサマー・プログラムは、13-18歳対象でしたが、このプログラムは、3-12歳対象です。


今年のプログラムの最終スケジュールは出ていませんが、もうすぐお知らせがあると思います。


参考までに、去年のプログラムは、以下の通り。毎年、同じような感じです。


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Week 1: “Under the Sea” July 4 - 8, 2011, Vancouver Aquarium & Stanley Park
第1週 「海中」 7月 第1週 バンクーバー水族館とスタンレーパーク 
5-12歳:$110  3-5歳:$50

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Week 2: “3, 2, 1…BLAST OFF!” July 11 - 15, 2011 Splashdown Water Park
第2週 「3.2.1...発射!」 7月第2週 スプラッシュダウン・ウォーター・パーク 
5-12歳:$110  3-5歳:$50

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Week 3: “Magical Mountain Madness” July 18 - 22, 2011 Mt. Seymour EcoAdventure
第3週 「マジカル・マウンテンで熱狂」7月第3週 マウント・シーモア・自然体験」
5-12歳:$110  3-5歳:$50

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Week 4: “Knights and Princesses” July 25 - 29, 2011 Playland
第4週 「ナイトとプレンセス」 7月第4週 プレイランド(遊園地)
5-12歳:$110  3-5歳:$50

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Week 5: “Raiders of the Lost Artifacts” August 2 - 5, 2011 Science World
第5週 「レイダース/失われた遺物」 8月第1週 サイエンス・ワールド
5-12歳:$100  3-5歳:$40

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Week 6: “Lights, Camera, Action!” August 8 - 12, 2011 Cultus Lake Water Park
第6週 「ライト、カメラ、アクション!」 8月第2週 カルタスレイク・ウォーターパーク
5-12歳:$110  3-5歳:$50

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REGISTRATION NIGHT Tuesday, May 31st, 2011 6:30 - 8:30 PM at LOCHDALE
登録は、ラビ君の小学校で5月の下旬に行われます。
今年の夏参加希望の方!コメント(非公開可)かメールにて、おしらせください。

*Children do not attend Monday, August 2nd because of the BC Day Holiday.
 BCデイ(今年は、8月6日)はお休みです。

Program Description:プログラムの内容

Children have opportunities to participate in arts and crafts, science, sports, games, cooking, swimming and exciting out trips and special events! Swimming at Kensington Pool is included on one afternoon a week.
アート、クラフト、スポーツ、ゲーム、料理、スイミング、楽しいフィールドトリップにスペシャルイベント!スイミングは、毎週1日、午後にケンジントン野外プールに行きます。

All-day camp (ages 5-12), 9:30 - 3:00 PM. Pre-school camp (ages 3-5), 9:30 AM - 12 PM
5-12歳は、午前9:30から午後3時まで終日キャンプ。3歳-5歳は、午前9:30から正午まで。

*Preschoolers must be potty trained.
3歳-5歳児は、トイレトレーニングが終了していなければなりません。

*They do not attend on out-trip days.
3歳-5歳児は、フィールドトリップには参加しません。

Please note:注意

Before and/or after camp care is available from 7:30-9:30am and 3:00-5:00pm. Cost is $20/week or $5.00/day. If you require only before or only after camp care, the cost is $10/week or $2.50/day.
時間外は、午前7:30-9:30、午後3:00-5:00が可能です。追加料金は週につき20ドル、または1日につき5ドル。午前か午後、どちらかだけ必要な場合は、週につき10ドル、1日につき2.5ドルです。

Camp T-shirts are available for $12.50; t-shirts are given on 1st day at camp.
キャンプTシャツを希望の方、12.50ドルです。初日に配布します。

Comshare follows a zero tolerance policy for bullying and any dangerous or violent behaviour. Infractions will result in suspension without refund.
コムシェアー・サマーキャンプでは、いじめや、あらゆる危険、暴力的行為は一切認めません。違反行為があった場合は、返金なしで参加停止となります。

To ensure the safety of our campers with severe allergies, Comshare is a “Peanut-Free Zone.”
参加者の深刻なアレルギーの安全を確保するために、ピーナッツは持ち込まないでください。

The Mt. Seymour trip begins at 8:30am, and the Cultus Lake Water Park trip begins @ 8:45 am.
マウントシーモアへのトリップの日はは朝8:30から、カルタスレイクへは、朝8:45から始まります。

For the Mt. Seymour, Playland and Cultus Lake Water Park trips, children will arrive back at 4:00 pm.
マウントシーモア、プレイランド、カルタスレイクの日は、学校に午後4時に戻ります。

If your child requires extra attention, please make arrangements prior to registration with Community School Coordinator.
何か特別の注意が必要な場合は、あらかじめ、登録の際に、コーディネーターにお知らせください。





夏休みの間、放射能から逃れたいと思っている方。

コメント(非公開可)かメールをいただいた方には

今年の夏のプログラム詳細がでましたら、

直接お知らせします


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チェルノブイリから26年~終わらない悲劇

 2012-04-26
全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社系列の国際放送 Voice of Russia(ロシアの声)からです。


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Chernobyl tragedy: the last "gift" from the Soviet regime
チェルノブイリの悲劇:ソビエト政権からの最後の「贈り物」



Exactly 26 years ago there was an explosion at the Chernobyl nuclear power plant. Whole regions in Russia, Ukraine and Belarus have become unfit for life, and the number of victims has reached one million people today. And experts are still disputing about long-term consequences of the disaster.
ちょうど26年前、チェルノブイリ原子力発電所で爆発がありました。ロシア、ウクライナ、ベラルーシの全地域が、生活には不適当となり、犠牲者の数は、今日、百万人に達しました。そして、専門家はまだ災害がもたらした長期に渡る結果について論争しています。


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During the seventy years of its existence the Soviet regime "presented" the rest of the mankind with a lot of problems namely the spread of the "red plague" throughout the world, including China, Vietnam and some countries of Africa and Latin America; and occupation of half of Europe alongside with planting socialist principles on these territories with the help of bayonets and tanks; and the invasion of Afghanistan for the purpose of promoting its "dogma" in the southern direction.
ソビエト政権は、70年間存続していた間に、中国、ベトナム、アフリカ、ラテンアメリカのいくつかの含む世界中の人類に、多くの問題、すなわち「赤の疫病」を拡散し、ヨーロッパの半分を占拠し、銃剣と戦車の助けを借りて、これらの領域に社会主義の原理を植えつけ、南の方角にその「教義」を推進する目的のため、アフガニスタンの侵略する、ということを「提供」しました。


All these movements have cost the world enormous human, financial and moral losses.
これら全ての動きは、莫大な数の人間と、財源上、道徳上の喪失という代償を払ってきました。


And yet all these "gifts" were of an archaic nature, as if from the depths of centuries, when the defeat of an enemy was achieved through the seizure of his territory, or through the victory of your ideology (or religion). Therefore, the consequences of such actions were, first of all, finite, and, secondly, reparable. Meanwhile the Chernobyl catastrophe is an event of a different kind, if we regard it as a "gift" to the mankind from a decrepit regime.
このような全ての「賜物」は、領土を強奪することで敵が敗北する、あるいは、自分のイデオロギー(あるいは宗教)の勝利を通して成し遂げられたとき、まるで、何世紀も前からのような、古風な特質があります。それ故、そのような行動の結果は、第一に、限度があり、第二に、回復することができます。一方で、チェルノブイリの大惨事は、老いぼれた政権からの人類への「贈り物」として考えるとすると、違う種の事例です。


First of all, two seemingly incompatible factors have joined each other: scientific-technical progress and intellectual helplessness. That is, the Chernobyl NPP (like dozens of others) was successfully built, but its safe operation turned out to be a daunting task for the sluggish Soviet bureaucratic system.
第一に、一見矛盾しているように思われる2つの要因がお互いに結合しています。科学技術的発展と、知識の無力さです。それはチェルノブイリ原発が、(他の何十もの原発のように)建築に成功したのに、その安全なオペレーションが、怠惰なソビエトの官僚システムの、威圧的な仕事となってしまったのです。


Secondly, it turned out that the habit of classifying the whole lot as secret for the sake of the country’s prestige can cause irreparable damage even without malicious intent.
第二に、国の威信のため、片っ端から機密扱いにすることになり、たとえ悪意が無いとしても、取り返しのつかない損失となってしまうのです。


I would like to remind you that the Soviet party leadership was concealing the information about the explosion throughout the whole week. As a result tens of thousands of unsuspecting people came out on May-Day demonstrations in Kiev, Minsk, Bryansk, and many other cities, exposing themselves to the risk of getting a serious dose of radiation.
思い出してください。ソビエトの政権は、丸一週間爆発についての情報を隠していたのです。その結果として、何も知らない何万人もの人々が、キエフ、ミンスク、ブリャンスクや他の都市へ、メイデイのデモに出かけ、深刻な量の放射能を浴びる危険性に曝されました。


In the absence of truthful information vague rumors caused an unprecedented panic; salt and matches were sold out in a flash, and the South-Western direction railway line came in a state of collapse because of the enormous number of refugees.
真実の情報の欠如の中で、曖昧なうわさが空前のパニックを起こしました。塩とマッチはすぐに売り切れました。そして、南西の方角へ向かう電車は、膨大な数の避難者のため崩壊状態に陥りました。


And, finally, the third distinguishing feature of the last "gift" of the Soviet regime is the fact that its consequences are endless and uncontrollable, and it is impossible to count the exact number of victims. Scientists are still arguing if the number of one million deaths is valid, but when such big numbers are taken into account, the one thing is absolutely clear - things are in a bad way. Besides, no one can count how many babies could not be born, and on the lives of how many subsequent generations this disaster will tell in the form of cancer.
そしてついに、ソビエト政権の最後の「贈り物」の第三の際立った特徴は、そのことがもたらした結果が、終わりの無い、コントロール不能のものだという事実です。正確な犠牲者の数を数えることが不可能なのです。科学者たちは、未だに、百万人の死という数が有効なのか議論しています。しかし、それらの大きな数字が論じられるとき、1つはっきりしたことがあります。―状況が酷く悪い、ということです。その上、どれだけの赤ん坊が生まれてこれなかったのかを数えられる者はいなく、この災害の後世代のどれだけの命がガンになるのかを分かる人はいないでしょう。


It is also worth mentioning that, if on April 26, 26 years ago the wind in the Chernobyl area was a little stronger, then, depending on its direction, today either Moscow, or Scandinavia, or the Western Europe would be a desert.
そして、このことも言っておく価値があります。もし、26年前の4月26日に、チェルノブイリ地域の風がもう少し強かったら、方角にもよりますが、今日、モスクワ、スカンジナビア、そして西ヨーロッパも不毛の地となっていたでしょう。

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A quarter of a century after the Chernobyl tragedy, an accident occurred in the Japanese Fukushima. This event caused a temptation to draw a parallel, the basic meaning of which is simple - such things happen not only in our country. From the formal point of view, it is true, but there are a few circumstances that make such a comparison incorrect.
チェルノブイリの惨事から25年経ち、日本の福島で事故が起きました。この出来事は、比較したくなりがちです。基本的な意味は単純です。このようなことは、私たちの国だけで起こることではない。表面的な見方をすれば、それは真実です。しかし、そのような比較を間違いにするいくつかの状況があります。


The Fukushima reactor was damaged as a result of a terrible natural disaster; it did not explode because of the negligence and carelessness of those who were obliged to prevent it.
福島の原子炉は恐ろしい自然災害の結果損傷しました。それは、そのような事故を防ぐ義務のあった人々の怠惰や不注意から爆発したのではありません。

厳密に言えば、人間の怠慢、傲慢、不敬、堕落、腐敗が後押ししているのですが。。。結局のところ、どの国の人間だろうと、それが、人間の弱さなのだと、つくづく感じています。


The Chernobyl accident has long been veiled in strict secrecy. Meanwhile the Fukushima events were literally happening in a live broadcast, which made it possible to mobilize not only the Japanese, but all the world’s forces and means on their localization and to prevent unnecessary losses.
チェルノブイリの事故は、長い間、厳しい秘密のベールに包まれていました。一方、福島の出来事は文字通りライブ放送で起こっていたのです。それは、日本人だけを結集できるだけでなく、不必要な損失を防ぐために、それぞれの場所にあった世界の力と手段を結集させるのです。


特にインターネットの普及の役割が大きかったのだと思います。チェルノブイリの事故の時、インターネットがあれば、状況はもっと違っていたかもしれません。逆に、25年前に日本で福島の事故が起きていたら、きっともっと何もかもが隠されたままだったでしょう。


And, finally, a difference in the government’s attitude to those who liquidated the consequences of the two accidents at the cost of their health is obvious.
最後に、2つの事故の健康に対する代償の結果を清算する人々に対する政府の態度が明らかに違います。

しかし、人の健康に対する責任の態度もかなり違います。日本では、ウクライナでは移住させられているところに、多くの人が住んでいて、移住すべき場所だということすら認められていないのです。


Nevertheless serious differences between these disasters occurring with the difference of twenty-five years cannot serve as a consolation. Fukushima showed that Chernobyl has not served as a lesson to mankind - the nuclear energetic continues to develop, threatening the world with new troubles. Global security is sacrificed for the sake of efficiency, low prices and profit.
にもかかわらず、25年という年月の違いを経て起きたこれらの災害の深刻な違いは、何の気休めにもなりません。福島の事故は、チェルノブイリの事故が人類にとっての教訓として役目を果さなかったことを示しました。原子力に精力的な国々が発展し、新たな問題で世界を脅かしています。地球の安全は、効率、低価格、利益のために犠牲にさせられているのです。

804px-Chernobyl_Nuclear_Power_Plant.jpg
© Photo: ru.wikipedia.org/Mond/сс-by-sa 3.0






福島の事故が、


今度こそ、

世界の教訓になってくれればと

思わずにはいられません。



日本は、

この教訓と、自分が犯した罪の大きさを肝に銘じて、

新しい価値観を築き、


それを世界に示す責任があるはずです。



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除染~チェルノブイリと同じ道をたどるか否か

 2012-04-25
毎日新聞英語版からです。(緑の部分は、日本語原文と少し違う英語文章の私訳です)

With clean-up around Chernobyl abandoned, what can Japan learn from 1986 disaster?
チェルノブイリ事故:26日で26年 大規模除染を断念

毎日新聞 2012年04月25日 00時09分(最終更新 04月25日 10時41分)


CHERNOBYL, Ukraine -- April 26 will mark the 26th anniversary of the worst case of nuclear contamination in history: the 1986 Chernobyl disaster. Since the meltdowns at the Fukushima No. 1 nuclear plant in March last year, the Japanese government has shown interest in decontamination and other projects around Chernobyl as a reference point for efforts to deal with its own nuclear disaster.
史上最悪の放射能漏れを起こしたチェルノブイリ原子力発電所(旧ソ連・ウクライナ)の事故から26日で26年になる。東京電力福島第1原発事故後、日本政府は除染活動などの参考にしようと関心を示しているが、


However in northern Ukraine, where the radioactive husk of the former Soviet power station lies, large-scale decontamination work has been abandoned as largely ineffective, and disaster refugees are no closer to going home.
現地(ウクライナの北部、前ソビエトの発電所の放射能の抜け殻があるところ)では効果が薄いとしてすでに大規模な除染は断念し、避難した住民の帰還も進んでいない(程遠い状態)。【チェルノブイリで大前仁】


I am a little less than 10 kilometers from the Chernobyl nuclear plant, in a warehouse-like building with a long, narrow trough for waste water cut into the floor. This is where workers clad in protective suits scrub down vehicles and heavy machinery that have gone into high-radiation areas. The scrubbing is done by hand, until the radiation emissions from the truck or the bulldozer drops below 0.5 microsieverts per hour.
倉庫風の建物に入ると、床に掘られた「貯水槽」が細長く伸びていた。00年に閉鎖されたチェルノブイリ原発から10キロ弱。放射線量が高い一帯を走るトラックやブルドーザーなどを洗浄する施設だ。防護服を身につけた作業員が手作業で、車両から発する放射線量が毎時0.5マイクロシーベルトへ下がるまで洗い流す。


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チェルノブイリ原発敷地内にあるトラックなどを水で洗う除染施設。現在は中央にある細長い設備だけが洗浄作業に使われている=ウクライナ北部チェルノブイリで2012年4月19日、大前仁撮影


Just after the 1986 disaster -- in which one of the Chernobyl plant's reactors exploded, blowing off the reactor housing roof and spewing radioactive material into the air -- Soviet authorities swung into a full-scale decontamination effort, including burying contaminated soil, and washing and then melting down contaminated machinery. However, in the 14 years between the disaster and the year 2000 -- when the last operating reactor at the plant was finally shut down -- authorities apparently judged that there had been "little improvement" in soil conditions, and they decided to halt soil decontamination.
86年4月26日の事故後、原子炉の建物の屋根が吹き飛び、放射性物質が大気に噴き出しました。ソ連当局は原発周辺の汚染土壌を地中へ埋めたり、汚染した機械を洗浄してから溶解したりするなど大がかりな除染活動に取り組んだ。しかし、事故から14年後の00年に最後まで稼働していた3号機の運転が停止され、やがて土壌の除染も「状況はほとんど改善されていない」と判断し、打ち切りを決めたという。


The only decontamination operations going on now are for workers doing safety work in and around the dead plant, including decommissioning the reactors and preventing forest fires. There are currently about 3,700 people who work inside the 30-kilometer radius no-go area around the plant -- referred to simply as "the Zone" -- and they must have their clothes decontaminated periodically. During seasons when humidity is low, vehicles are typically washed one or two times a week, and roads near the plant are also scrubbed.
現在も続くのは、廃炉作業や森林火災などの事故を防ぐ管理作業にあたる作業員らのための除染だけだ。約3700人の職員が発電所から半径30キロに設定された立ち入り禁止区域(通称「ゾーン」)の中で働き、定期的に衣服除染を受けている。空気が乾燥する季節には洗浄車が週1-2回の割合で、発電所近くの路面を洗う。


C0089925-Chernobyl_decontamination-SPL.jpg


More than 110,000 people once lived in the Zone, all of whom were evacuated right after the accident. The Soviet authorities apparently attempted to decontaminate the town of Prypiat -- where Chernobyl plant workers and their families had lived -- soon after, but with no success.
「ゾーン」内部で生活していた11万人超の住民は、事故直後に避難させられた。当時のソ連当局は初期の段階で、原発職員(とその家族)が住んでいたプリピャチの除染を試みたが、(全く)成果は上がらなかったという。 


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Mr. Zolotoverkh, 58, who is in charge of managing the Zone, says there is no chance that decontamination will be resumed, adding, "No one will be allowed to return, not after decades, not after centuries."
「ゾーン」の管理責任者ゾロトベルフ氏(58)は除染を再開する可能性を否定し、「数十年どころか数百年たっても、住民の帰還を許可しない」と言い切る。


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About 110 kilometers southwest of the plant is the city of Korostyshiv, which the former Soviet government labeled an "evacuation advisory area" -- one of 440 residential communities given the designation. The Soviet Union established four categories for irradiated areas: forced evacuation areas, forced migration areas, evacuation advisory areas, and radiation management areas. Serious decontamination work in the advisory areas such as Korostyshiv did not begin until 1990, four years after the accident.
チェルノブイリの南西約110キロにあるコロステニ市。旧ソ連政府が「避難勧告地域」に指定した440居住区の一つだ。汚染地域は放射線濃度に従って▽強制避難地域(ゾーンを含む)▽強制移住地域▽避難勧告地域▽放射線の管理地域-の四つに区分されている。避難勧告地域で除染活動が本格化したのは事故から4年たった90年ごろからだ。


The municipal government, meanwhile, replaced the local top soil as well as the roof of every home and school in its jurisdiction. The city also paved over land that had been exposed to the Chernobyl fallout, including the front yard of 53-year-old housewife Ms. Valentina.
市当局は全域で、学校や住宅の屋根を取り換え、敷地の土壌入れ替えを実施。主婦のワレンチナさん(53)宅の敷地もコンクリートで舗装された。


The municipal official in charge of the project emphasizes that the efforts resulted in a 50 percent drop in radiation in the 20 years after the accident. This has not, however, staunched a steady flow of people out of the city. Since 1990, Korostyshiv's population has dropped from about 80,000 to 67,000, though the city stresses that this is beginning to turn around.
市の担当者は20年で放射線量が半減したと成果を強調。(しかしながら、このことで、市からの間断のない人口流出は止まっていない。)市の人口は90年代初頭の約8万人から約6万7000人へ減ったが、回復傾向にあると主張する。


Valentina's husband passed away from cancer in 2000 at just 48-years-old, and she says that many other members of her family have suffered damage to their health.
だがワレンチナさんは00年、当時48歳だった夫をがんで亡くし、家族の健康被害も相次いだ。


Regarding decontamination of homes, Ukrainian government radiation expert Mr. Tabachnyi says, "I can't say it's had any effect but to calm the fears of the residents," adding, "About $1 million was thrown into reducing radiation levels in Korostyshiv to 1 sievert or less per year. It was definitely not a cost-effective effort."
ウクライナ政府職員で放射能問題専門家のタバチニ氏は住宅の除染について「住民の緊張を和らげる以上の効果があったとは思えない」と話し、「コロステニでは放射線量を年間1シーベルト下げるために100万ドル近くを投じる結果となり、費用対効果が悪かった」と指摘している。


In June 1986, the Soviet government decided to allow residents back to parts of the forced migration areas that were relatively uncontaminated on a trial basis. Decontamination work was done, and the project drew up indices that would show whether the efforts could be applied to the clean-up of other areas. However, the authorities recognized that dangerous radioactive materials remained, and revoked permission for residents to return two years later.
旧ソ連政府は86年6月、「強制移住地域」のうち汚染状況が軽い一部で住民の帰還を試験的に容認し、除染活動を実施したうえで、他の地域にも適用できるか判断する「指標」にしようとした。だが放射性物質の危険が残ることが確認され、2年後に帰還許可を撤回


Now, with buildings and infrastructure decaying, "there's almost no chance that permission to return will ever be given," says Tabachnyi, meaning the more than 10,000 Ukrainian "forced migrants" will probably never go home again.
今ではインフラや建物の損壊が進み、「今さら帰還が許される可能性はほとんどない」(タバチニ氏)という。ウクライナだけで1万人以上が「強制移住」させられ、帰還できないままだ。 (おそらく帰宅は決してできないだろう)

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On April 18 this year, Japan and the Ukraine finalized an agreement to share information on the countries' respective nuclear disasters, and the Japanese government is looking to learn "the lessons of Chernobyl" as it implements policy to contain the aftermath of the Fukushima meltdowns.
日本は今月18日、ウクライナと原発事故の経験や情報の共有をうたった協力協定を締結し、福島第1原発事故の収拾策として「チェルノブイリの教訓」を学ぼうとしている。


The scale of the two disasters, however, is different. The Chernobyl accident is thought to have released several times the radioactive material of the Fukushima disaster. The decontamination of agricultural lands -- a process that Japan has put so much faith into -- has been essentially abandoned around the Chernobyl plant, and there is increasing criticism that there is "no way Chernobyl can give any insight into the Japanese situation."
だが二つの事故は規模も違い、放射性物質の放出量も福島はチェルノブイリの数分の1とされる。チェルノブイリ周辺では日本が期待する農地の土壌除染も早々に断念しており「日本の状況に適した助言ができるわけではない」との声も上がっている。


April 25, 2012(Mainichi Japan)





アンダーセン博士は、チェルノブイリの10倍と言っています。(おそらくそれは、放出した放射能の量というより、事故が与える悲劇的影響、という意味だと思いますが)


日本で行われている除染は、チェルノブイリで行われていたのと同じもので、

今までの成果を考えれば、チェルノブイリの辿った道を、間違えなく歩んでいるようです。



今必要なのは、「不屈の挑戦」のプロパガンダではなく、

現実を受止めた、「潔い決断」ではないでしょうか。



ウクライナから来た人も、ロシアや東欧から来た人も身近にいますが、


彼らは、とても勤勉で賢く、「不屈の精神」があるように感じます。


その彼らが、既に、決死の挑戦をしたのです。




その教訓を生かした新しい視点での取り組みを、


一刻も早く。。。



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ボア君 20歳
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ラビ君 17歳
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と連れ合いに、そして周りの全ての人たちから日々幸せをもらっている母です。

バンクーバー近郊に被曝からの避難を考えている方、できる範囲でお手伝いします。遠慮なくご連絡ください。




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